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私のホームページ 『阿部りつ子の女川町(おながわ)便り』

大震災の悪夢再び、台風15号による被害に何の支援もなく
【夜10時頃の我が家の前は、一面真っ暗な海でした】
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【翌朝の同じアングルから撮った写真。消火栓の標識で当時の水位が判ります】
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 9月21日午後、台風15号が女川町に接近していました。
午後からの雨量は、当地としては記録的な400mmを超え始めた豪雨でした。
午後9時頃、私の住む集落・針浜(はりのはま)と隣の集落・大沢(おおさわ)に被害が出始めました。 

 万石浦(まんごくうら=普段は穏やかな内湾)はちょうど満潮の時間帯で、台風(巨大低気圧)15号接近による海面膨張が重なりました。
そして針浜・大沢では、大震災での1m以上の地盤沈下との相乗効果で、予想もしない事が起き始めました。
集落の長老たちも経験のない、海水が堤防を超え集落に侵入してきたのです。
【我が家の隣の家の庭先まで流されてきたボート】
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 一方、降り続いた多量の激しい雨が山の保水能力を超え、濁流となって集落に流れこみ始めました。
万石浦からの海水流入で、濁流の逃げ道が完全に無くなっていたのに、です。

 集落内の海岸沿いの家々は、海水と濁流の溜まり場になってしまい、次々と床上まで浸水され始めました。
同じ頃、海岸から離れた山に近い所では、川が氾濫しコンクリート製の道路が水路の役目を果たしたため、濁流が道路脇の土砂をえぐり取りながら、家々を襲っていたのです。

 驚いた事に、私の友人のMさんが闇の中、胸まで浸かりながら我が家に避難してきたのです。
300mは優に離れているのに、勇気を振り絞って半ば泳ぐような態勢で濁流の中、逃げて来たのです。
その我が家も、後10cmで床上になろうか、という床下浸水でした。
我が家は、海岸沿いの集落内の家々より基礎部分が1m位高いにも関わらず、でした。
【あと10cmで床上浸水になる寸前だった我が家の玄関】
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 針浜の長老Kさんは言います。
「夜9時ぐらいから水が来はじめ、膝まで引いたのは朝4時ころ。ずっと立ったまま水が引くのを待っていた。胸まで浸かって一晩過ごした」と。
恐怖に震えた初めての経験は、とても長い夜になったのです。
大震災による地盤沈下の影響が明らかなのに、何の支援もしない行政

 台風一過の22日、前・石巻市議の三浦一敏・共産党東部地区救援対策本部長(県議候補)の調査団が、針浜に被害調査に入りました。
翌23日には、共産党などボランティア2団体が救援に来て、使用不能となった家財の片づけや泥上げを行いました。

 24日には、高橋千鶴子・共産党衆議院議員が、針浜の他、町内の被災地区に入り、住民の要望を訊くなど調査し、「共産党しか来ない」との声も住民の間から上がりました。
【左=高橋千鶴子・衆議院議員と三浦一敏・県議候補の調査。右=共産党など2団体のボランティア】
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 町に支援を要請しても現行制度上、針浜・大沢の被害に支援はできないとの事ですが、3月11日の大震災による地盤沈下の影響だとは、誰の目にも明らかなのにです。
被害住民が自ら団結して、町や県や国に集団で訴えないと、何の支援もしない行政のあり方には大いに疑問があり、この国は先進国とか経済大国とか言っているのが、悪い冗談としか思えません。
新たな出会いが、支援物資やボランティア活動に結びつく

 22日、私が仙台市在住のIさんが結成した任意のボランティア団体『チーム王冠』=(リンク)のスタッフと出会いました。
いろいろな話しをしている内に、彼らが大震災後の行政による支援活動の目が届きにくい、在宅被災者の救援・支援活動をしている事を知りました。
 そして、台風15号の被災者を支援したいとの申し出を受け、私は針浜の現状を考え、被災家庭への生活物資支援お願いしました。
【山形市九里高校55人の生徒さんたちが、被災した針浜地区の家々の片づけに汗を流してくれました】
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 そのご縁で山形市社会福祉協議会(社協)と繋がり、山形市社協が窓口の支援ボランティアが針浜に来る事になりました。
どうせなら、女川町社協を通してもらう方がいいと考え、山形市社協と女川町社協にパイプができました。
 その結果24日に一般人55人、10月1日に山形市の九里高校生55人の『泥上げ・片付けボランティア』が貸切バスでやってきて、針浜と一部は大沢に入り、被災者の手伝いに汗を流してくれました。

 縁とは本当に不思議なものですね。
新たな出会いが、人々の助け合いに結びついたのですから。
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