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私のホームページ 『阿部りつ子の女川町(おながわ)便り』

3.11あの日、私たちの町は壊滅的被害を受けた
巨大津波の引き潮の現実は、この世の物と思えなかった(You Tubeより)
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初めに
今回の『東日本大震災』で犠牲になられた多くの人々やそのご家族にお悔み申し上げ、被災者の皆さま及び福島第一原発の事故で避難を余議なくされた数多くの皆さまにお見舞い申し上げます。
 また女川町におかれては6月23日現在、死亡者408名、死亡認定者134名、行方不明者286名にのぼり、人口規模において甚大な人的被害になりました。
ご遺族に心から、お悔やみ申し上げます。
そして民家・商店・工場など、町内の建物の内7割が全壊・流出となり、被災された皆さまにお見舞い申し上げます。
 そして現職の町議会議員である阿部和男氏・菊池孝四氏・鈴木隆子氏・本郷隆氏の4議員が、犠牲になられました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

  また今般の「東日本大震災(巨大津波)」の大きな被害に対して、全国の皆さまからお寄せ頂いた多くの善意に対して、心から厚く御礼申し上げます。
 私たちの再建への道、新しい道と言っても良いのですが、長く遠い道程になるでしょう。
もとより私たちは不退転の決意でそれを成し遂げるつもりでおりますが、今後とも全国の皆さまのご支援を宜しくお願い申し上げます。


 あの日から110日、この胸に受けた衝撃と悲しみは、癒える事はありません。
余りにも多くの悲しし別れに出会い、破壊され尽くした町に昔日の面影を見いだせないからです。
 国の政治の混乱が、復旧・復興を遅らせている事に、腹を立てながらも犠牲者のご家族の慰問はもちろんの事、被災者の方々を見舞い、全国から寄せられた援助物資をお配りするので忙殺されていました。
それは、今も続いていますが、仮設住宅に入る人々も多くなり、猛暑の来る前に、被災者全員が仮説住宅に入れる見込みが出て来たので、一安心と言えます。
また、商店の方々も努力してコンテナ仮説商店を開設する事になったのも、復興への大きな一歩です。

 3月11日金曜日午後2時46分、町議会開会中だった役場庁舎が大きく、これまで経験した事のない長い揺れに襲われました。
津波の上げ潮。中央奥に見える白い建物は町役場で、屋上に逃げた人たちかろうじて助かった(You Tubeより)
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 私たち議員や町執行部は全員、机の下にもぐりこみました。
不気味な揺れが納まって直ぐ、大津波警報が発令されました。
議長は直ちに、「本会議は15日に延期する。全員避難するように」と宣言しました。

 私はとっさに、自宅で療養している夫の安否が気になりました。
自宅は2度のリフォームをしたとはいえ、築50年にもなる古い2階建てです。
万が一、家がつぶれていたら、重度身障者の夫は脱出もできず大変な事になっている。
苦しんでいる夫の姿が瞼に浮かび、一刻も早く帰宅して夫を救出しなければ・・・・・
その思いでいっぱいでした。
私の議員活動も夫の理解があったればこその話しです。

 帰路の道筋に多くの知人・友人が住んでおり、普段であればきっと寄っていたでしょう。
しかし、夫の大丈夫な顔を見た後でなければ、とても寄る余裕はありませんでした。
結局、犠牲になられた知人・友人に申し訳ないのですが、もし途中の家々に寄っていたら、私も間違いなく巨大津波に飲み込まれていたでしょう。
巨大津波襲来翌日の歩く事も困難な町内=携帯で画質が悪い)
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 我が家は地盤が固かったせいか無事で、夫も普段通りにベッド上にいましたが、茶の間や座敷の神棚や仏壇がめちゃめちゃで、台所は壊れた食器で足の踏み場もありませんでした。

 私は夫の指示もあり家の片付けもしないで(結局2週間できませんでした)、私の住む集落の被害把握に走りました。
私は町内の様子が気にかかりましたが、夫の制止もあり行きませんでした。
 雪が振り始め、内海である万石浦の潮位が上がり始め、夫は「容易ならざる事態になっている」と言いましたが、その時間に、女川の町は壊滅的な被害を被り、女川港から4㎞離れた万石浦まで達していたのです。
誰しも考えなかった(夫も)未曾有の巨大津波で、後に1100年前にあった貞観(じょうがん)地震を上回っている事を知りました。
 つまり私たちは、千年に一度の地球の変動を目にしたのでした。
そして、宮城県沿岸部は地盤沈下を起こし、私の集落もその被害から逃れる事はできませんでした。
床上浸水で住む事を諦めた私の親戚の家
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 一地方自治体や県レベルでは解決できません。
せっかく、大震災と巨大津波と大きな余震から生き残ったのに、地盤沈下という地球のダイナミックな変動で先祖伝来の地を離れて仮設住宅に住む事になった親戚の無念を想うと、もっともっと菅・民主党政権が被災地に想いを致し、迅速な政策を実施できなければ、いわば”政治的人災”が拡大するのは目に見えています。
 このブログをお読みの方にお願いです。
新聞などのメディアに積極的に、被災地の困窮を投書して下さい。
それが、大きな世論(うねり)となって、私たち被災地の復旧・復興の手助けになりますので、宜しくお願い致します。
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