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私のホームページ 『うみねこが舞う、漁業と原発の町の議員活動』

長男が頼りの大晦日
夫の指導を受けながら、長男が飾り終わった我が家の神棚
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 今年も後9時間という午後3時に、私の携帯電話が鳴りました。
「長男からな?」と思いながら受けると、深刻な声の中年男性からの電話でした。

 話しを訊くと、「死にたい気持ちの状態に追い込まれているので相談に乗って欲しい」との事。
でも、私だって家庭の主婦で、おまけに夫は身障者。
動ける訳はありません。
 年明けの集落の伝統行事が終わらない限り時間が取れないむね話し、年明け後の時間が取れ次第連絡する事で納得してもらいました。

 正直、大晦日は私にとって一年間手を抜いていた分、余計がんばらなければ新年を迎えられません。
そうでないと、夫やご先祖さまに顔向けできません。
何せ私は、町議をしているといっても、田舎の長男の嫁です。
義父母は大分前に逝きましたが、せめて夫や帰省してくる子どもたちには、きちんとした正月を迎えて欲しいと願うのは、せめてもの罪滅ぼしの気持ちもあるのです。
仏壇もきれいに飾りつけます
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 午後4時過ぎに長男が帰って来ました。
身を清めてもらい、さっそく神棚の掃除から始まって、飾り付けが始まりました。
そんな仕事は、昔からの風習で男の仕事になっているのです。
しかし、全て知っているのは、やはり夫だけ。
夫はベッドから降りて、座敷に横になりながら長男に指示しています。

 私は台所で、料理と格闘中です。
私の集落では、お正月の料理はそれなりのご馳走ですが、大晦日の夕食が一番豪華なのです。
腕によりをかけて、といっても高が知れていますが、それでも心を込めて精を出しました。

夫の指示に素直に従って長男は、てきぱきと仕事をしているようです。
この調子だと、私の料理の方が遅れてしまう、と若干の焦りも感じるくらい、夫と長男の息は合っているようでした。

 2時間くらい過ぎた6時半頃になって長男から「お母、おわったぞぉ」との大きな声が聞こえてきました。
ちょうど良いタイミングで、私の方も後10分位で終わる頃でした。
 夫と長男は居間の炬燵に入って、色々話しをしている様子。
ところどころ聞こえて来る会話を聞きながら、家庭の温もりって良いな、と改めて感じていました。
ほどなく大体の料理が出来あがり、夫の代わりに長男が神棚に御膳を捧げます。
海の物中心の御膳ですが、御膳の大きさの加減で品数はそんなに上げられません
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 長男がしきたりに則り御膳を神前に捧げてから、家族水入らずの宴の開始です。
私も少しばかり、お酒を頂きました。
過ぎた一年をお互いに振りかえると、私たち夫婦にも長男にも色々な事があったと、改めて思い起こされました。
 テレビはつけていますが、誰もテレビを視る事なく話しが弾みました。
例年、30日頃には帰省する次男が、元日の夜にしか帰れないので、親子3人での会食でしたが、あっと言う間に時間が経ったようなような気がします。

 夫が元気な頃は、除夜の鐘が鳴り始める前に家を出て、近所の神さま詣でをしたものですが、今はそれもできなくなりました。
私は午前1時過ぎには眠さに勝てず、寝床に着いたら直ぐ深い眠りに落ちたようです。

 目が覚めると、静かな元旦です。
夫も長男も中々起きて来る気配がありません。
 私は、届けられた年賀状に目を通して時を過ごしていましたが、ようやく昼近く夫も長男も起きたようでした。
訊けば二人して、朝方の5時頃まで話し込んでいたようで、私は元日の穏やかな陽だまりに浸かったような幸せを感じました。

 もっとも夫は、娘がもう10年くらいお正月を家族で迎えていない事を残念がっていますが、近年は諦めているようです。
仕事がら、人さまの休む日がかき入れ時の仕事に就いてそれなりの地位にあると、部下の手前、自分の思いを先行させる事は出来ない事を、夫は誰よりも知っているからです。
でも昨夜は、娘と電話で話す事が出来たので、幾分夫の心は軽そうでした。

「今年は、昨年より良い年でありますように」と、私は一人心の中で念じました。
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