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私のホームページ 『うみねこが舞う、漁業と原発の町の議員活動』

4月6日(火)劇映画『いのちの山河』の上映実行委員会の開催
いのちの山河
【この記事中の写真は 映画 『いのちの山河』~日本の青空~ ホームページからの引用です】


この映画は”平和憲法シリーズⅡ”として制作されたインデーズ(独立系)作品ですが、前作の『日本の青空』が、日本国憲法(平和憲法)の誕生の真相(苦悩)を描いて、高い評価を受けたのに続くものです。
 私たちは6月13日(日)に石巻文化センターにおいて、2回上映することに決定していました。
私たちはどうしても多くの皆さんに観て欲しいと思っていて、この日の実行委員会の会議もそれが主眼で、「いかにして多くの人たちに観てもらえるか」に尽きる会議でした。

 私は外出の際に持って歩くバッグの中に、映画のチケットとパンフレットを入れていますが、友人・知人に声を掛けると、快く「観るわ」と言ってくれる人が多いので、意を強くしています。

 この映画は全国各地で上映されていて、宮城県でも既に仙台市をはじめ5ヶ所で上映され、多くの人の感動を呼んでいると言います。
 私たちの住む石巻広域圏でも多くの方に観ていただいて、感動するしないは個人のありようですが、しかし憲法25条の精神がいかに大切な宝物であるかを、知っていただきたいと思っています。
そして憲法25条は9条があってこそのものだとも、是非知って頂きたいのです。

 私のゆめ(希望)としては、このような優れた映画は、インデーズ(独立系)映画であっても市中の映画館で上映して欲しいと思っていますが、現実にはいろいろな壁があって難しいといいます。
 もし市中の映画館で上映されれば、きっと多くの若い人たちにも観てもらえると想うので、そう言う意味合いと興業収入面との二重の意味で、大変残念に思っています。

【写真=沢内村に帰ってきた深澤村長の遺体を乗せた車を、村民が総出で出迎えるシーン】
いのちの山河 (3)

 さて映画ですが、岩手県の旧沢内村(現西和賀町)で憲法25条を盾に、県や国の指導に真っ向からぶつかって村民のために偉大な業績を残した、深澤晟雄(ふかさわまさお)村長と村民の物語です。
しかし偉大な村長は、1965年1月28日に、福島医大附属病院で、村長在職中に癌で59歳の若さで生涯を閉じました。
 政治家としては余りに若すぎる死で、天はむごい事をするものと思うと同時に、それは国家的損失では無かったかと思います。

 村長として、政治家として、乳幼児や高齢者のいわゆる弱者と言われる”いのち”を守るために奮闘した深沢村長が、自らは高齢者になること無く、この世を去ったのです。
 歴史に”もし”は無いと言いますが、もし深沢村長が後10年15年と村長を続けられておられたら、もっともっと日本と云う国の政治(行政)に、多大な影響を与えていたでしょう。
在職わずか8年足らず(昭和32年5月~昭和40年1月)で、国を動かした村政を行ったのですから・・・・・

 深澤晟雄(ふかさわまさお)村長の政治理念は、『NPO法人 深澤晟雄の会』ホームページに書いてありますので、是非ご一読を。
いのちの山河 (2)

※老婆心ですが(余計なお世話?)参考までに、憲法第2章9条と、第3章25条を書いておきます。
日本国憲法
第二章 戦争の放棄 
第九条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第三章 国民の権利及び義務 
第二五条【生存権、国の社会的使命】 
1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


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