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私のホームページ 『うみねこが舞う、漁業と原発の町の議員活動』
『電話に怯えた正月の日々』
 元日に長男と一関に向かい、母と面会してきょうだい達と話しをして来たのが、遠い日の事のように思われた正月になり、時計の針が遅々として進まないもどかしを感じていました。
 そして今年のお正月休みは子供達にとって暦の関係からか短かったようで、長男は2日の午前中に仙台に戻り、次男も例年なら6日が7日に群馬に戻るのが今年は4日と、かなり早い職場復帰となったようです。
hatuhinode-100101.jpg 【写真=女川港に昇る初日の出】   
 ですから夫にとっては、極めて満足できないお正月になったようです。
夫の願いは、娘を加えた子供達全員が揃い、大晦日を共に過ごして元旦を迎える事に尽きるのですが、出来なくなって何年になるのでしょうか?私にも俄かには記憶が戻って来ません。
そういった事を考えれば、夫の願いが叶う確率は、可哀そうですが年々下がり続けるでしょう。
 夫の顔は子供達が帰って来た時は、本当に”恵比須顔”になり、普段の仏頂面とは大違いです。
その子供達がもう戻ってしまったのですから、夫の胸中は手に取るように解ります。

【私の住む地区の正月行事の”獅子振り”】 s-sisimai.jpg

 私達夫婦は母の事が頭から離れませんでしたが、私はお正月の行事や挨拶まわりなどで外に出る機会があり、まだ気を紛らわす事が出来ましたが、夫はそれも適わずそれに加えて、私の留守中の電話番があり、電話機が鳴る度にディスプレー画面で、かけて寄こした電話番号を確認してからしか受話器をとりませんでした。
 長男と次男には、新年早々で申し訳ないが、どんな事態にも対応できるようにと夫は言っていましたが、子供達もすっかり大人になり、夫が言わずとも心得ていたようです。
 考えてみれば長男の歳頃に夫は既に長男と長女の父親であり、夫の母の喪主も経験済みだったし、次男の歳頃は青春真っ盛りで色々なサークルを作り、私との交際も始めていた頃であった事を憶い出せば、その夫の子供達だもの年齢相応の成長は当然でした。
     s-dezome-DSCF2065.jpg 【消防団の新年恒例の出初め式、一斉放水】

 夫は危機管理には比較的強い方ですが、細やかな神経の持ち主でもあります。
そんな夫の心を和ませる事が起ったのです。
 私達夫婦共通の友人の家の風呂釜が壊れてしまい、お正月の期間中だけでもお風呂に入れて欲しいとのお願いでした。
友人にはある意味悪いのですが、新年から晴れやかな気持ちになれないでいた私達夫婦にとって、歓迎すべき事でした。

『遂に来た報せ・・・母、逝く・・・そして不思議な心理』
 その友人がお風呂に入りに来て3日目、つまり5日の夜でした。
いつものようにその人がお風呂から上がり、夫を交えて他愛無い世間話に花を咲かせ、そして送って来た私は夫に「私も風呂に入って早く休むね」と言い、湯船にゆったり浸かり十分温まってから上がりました。
 と、ちょうどその時、私が風呂から上がるのを見計らっていたように電話機が鳴ったのです。
夫がいつものようにディスプレー画面を見てそれから腕時計を見て、「実家からだ」と言って受話器を取ったのです。

【写真=万石浦に沈む元日の太陽】 s-umi-100101.jpg 

「はい阿部です、えっ、9時?・・もう一度お願いします。」
私は”ピン”と来て夫の傍に寄った。
 「はい・・9時49分?えっ、はい、分かりました、やりましょう。ちょっと待って下さい、律子と変わります」と夫は言って私と変わった。
 電話の主は実家の兄だった。
夫のやりとりを聞いていて、概ね話しは理解していたが、虚脱感に全身が襲われた。
兄との会話は夫に言っていた事と同じであるに決まっている。

 私は夫に話しかけようとしたが、物の見事に先を越された。
夫の頭脳はこんな時は、大概の場合驚くべき速さで高速回転をする。
だから私は夫の話しに相槌を打ちながら、大好きだった母ちゃんの事を思っていた。

   【どの星になったのですか?母ちゃん】 hoshi.jpg

「今(午後10時過ぎ)から一関に行っても仕方が無いから、明朝にする」
 『はい』
「きょうだいには、こっちで連絡して欲しいって」
 『えっ?ほんと?何でだろう?』
「あぁほんとだ。後GとMは葬儀に参列させるから、今から連絡するぞ。事前に上司(会社側)にこの事態があるという予測を言わせているから、スムースに休めるはずだと想う」
 『さすがだわ』
「娘は去年、苦労かけたから帰郷した時に参る事にする、但し弔電は必要だろう」
 『うん、私もそれでいいと思う』
「郷に入っては郷に従え、相談を受けた時は瞬時に答え、それ以外は沈黙、しかし体は別」
 『大丈夫、あんたに鍛えられたから心配ないよ』
「上げ物(仏具or供物or生花or盛り籠)はねぇさん〈義姉〉に訊いてからが良い」
 『そうね、私もそう思っていた』
「仏守りは少ないと思うから最後まで雑魚寝を覚悟だぞ」
 『多分、あんたが中心になると想うわ』
「う~ん、そうかな?」
 『間違いないわ』

等々、・・後日の事を憶い返すと、経験則、物を言う・・なのです。
rikko-100107 (2) 【母の枕元で過ぎし日を想う。傍に夫。6日】

 しかし5日の夜の私は、そんな事よりもっともっと重要な事に、気付いていて内心慌てていたのです。
私は末娘、あんなに我がままを許してくれ、心配をかけていた母ちゃんなのに今、女川にいて涙が出ないのです。
心の中は悲しみでいっぱいなのに・・・・まだ遠い、嫁ぎ先にいるからなのだろうか?

 ぽっかり穴が空いたみたいなのに・・・こんなに悲しみが深いのに・・・
やっぱり怒りがあるからだわ・・・絶対見逃してはならないからだわ・・・
そうしないと母ちゃんの子供として・・・母ちゃんに顔向け出来ない・・・!

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