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私のホームページ 『うみねこが舞う、漁業と原発の町の議員活動』

 
『~終わりの章~』

 毎日が慌ただしく、そして忙しく流れて行く私の身辺。
昨日の夜更けに、この文章を書いていて、日中の疲労からか睡魔に勝てなかった私は、書くのを途中でやめ、眠りに就きました。
思えば、母の死がつい昨日の事の出来事に感じられるけど、確実に時は流れて早一ヵ月も経っているのですね。

「母の事を想い、いつまでも母の死を引きずっていてはならないわ」。
「もちろんよ、だから毎日忙しく働いているじゃない」
「だからと言って、母の死の原因を作った真相は、突き止めなければならないのよ」
「解ってますって。今はまだそのタイミングじゃないだけ」

そう、母は本当は亡くなってはいけなかったのです。
母の死は、普通の原因で死に至った訳ではありませんが、ここに書くのは早すぎます。
その事に関係する真相が明らかになった時に、書こうと思っています。
それが母を供養する一番のものになるでしょう。
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「母ちゃん、早いもんだねぇ、あれからもう一ヵ月も過ぎたんだよ。」
私は毎朝我が家(阿部家)の仏壇に、供養膳を上げ焼香するたび、心の中で一関の母に話しかけている。
「3・7日(仏教でいう死後の忌日で49日まで7日毎に行う追善供養の日)に行けなくてごめんね。こっちで(我が家)供養しているから、解ってくれているよね、母ちゃん」

 実際私は用事に忙殺されていて、毎日慌ただしく過ぎて行き、この頃はゆっくり夫と話す時間も取れないほどなのですから、そんな状況が正しいとは決して思ってはいないのですが、現実が許してくれません。
そんな状況に夫は何も言いませんが、愉快であるはずがありません。
それは母に対する申し訳なさと、相通ずるものがあります。
「49日には夫と二人で、お墓参りに行けるようにするから、怒らないで待っててね」
『~遠ざかる日々と朧(おぼろ)な記憶~』

 私たち夫婦は、仏事の有りようとか意味などを親切に教え解説してくれた菩提寺の先の方丈さん(住職=故人)の、教えが記憶に鮮明に残っているから、割り合い仏事にあっては少々の事では動じないのです。
 また夫も健康でバリバリだった頃(30歳~47歳くらいの間)は、親戚で不幸があると表の仕事、裏の仕事何でもこなせて、実質的に采配を奮ったのは数知れない(数十に及ぶ)ので、葬儀屋さん顔負けの知識があるのですよ。
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『物言わぬ優しい母~花にかこまれて~』
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  【写真上=布団に眠る母の傍らに私と夫の二人だけ。夫が、今を写して永久の時を刻もうと提案】

『母に会う準備』

 「お~い、線香あげろよ」
「はいよ、今あげる」
もうすぐ家を出て一関に向かう時間が迫ってきた頃合いをみて、私に夫が声をかけて来た。

 私は2本の蝋燭に灯を点けて、線香をかざしました。
火のついた線香3本をいつもように三角形の形に線香立てに挿したてると、青白い煙が仏壇の中にす~っとなびいて行って、仏壇の真ん中に鎮座している御釈迦様を目指しているように見えたのです。
 それはあたかも(恰も)、”あの世”とやらからの合図の様に想えなくもなかったのですが、夫には結局黙っておいたのです。
どうして夫に、不思議に見えた現象を黙っていたのか、今でも私自身わかりません。
 両の手を合わせて懇ろに合掌し心の中で、婚家の義父母の名を呼び、「りゑさん、たかんつぁん、一関のアヤ子母ちゃんが逝ったから宜しく頼むね」と呟き頼んだのです。
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